人形を作り続けて300年の吉德。「顔がいのちのよ~し~と~く~♪」は多くの方が耳にしたことがあるCMソングです。
人形の老舗の中でも東京最古の歴史を持つ吉德は、伝統を守りつつも常に新しいことに挑戦し続けています。その中でも、吉徳スター・ウォーズシリーズは大きな話題を呼び、新聞や雑誌など各方面で取り上げられました。
そこで今回は、12代目・山田德兵衞社長に、吉德スター・ウォーズシリーズの制作秘話をたっぷりと聞いてみたいと思います。
お父さん世代が夢中になれるようなキャラクターと五月人形の組み合わせを
ーー五月人形とスター・ウォーズを組み合わせるというのは、非常に斬新なアイディアだと思います。この案は、いつ頃から考えられていたのでしょう?
「吉德スター・ウォーズシリーズは2007年に発売したのですが、その前年、2006年の夏に来期の計画を立てる会議でこの企画を提案しました。
そのきっかけとなったのが五月人形に対するお客様の想い。五月人形は雛人形に比べてお客様の熱が若干弱いと感じる部分が常にありました。その理由を考えてみると、やはり家庭の中においては、女性が購買のイニシアチブを取ることが多いからなのではないかと。それだけに雛人形に対する思い入れに比べると、どうしても五月人形への思いが弱くなってしまう。
そう考えたとき、本流となる伝統的な五月人形は当然作っていくとしても、それとは全く違う切り口の、いわゆるお父さん世代が夢中になれるようなキャラクターと五月人形を組み合わせたらどうだろう?と思いまして。その中のひとつがスター・ウォーズでした。つまり、最初からスター・ウォーズやダース・ベイダーありきというわけではなかったのです。
むしろチャレンジしてもいいのではないかという空気だった
ーースター・ウォーズをモチーフにして五月人形を制作するということに関しては、社内の同意も比較的スムーズに得られたそうですね。
「吉德は伝統的な雛人形、五月人形も扱っていますが、一方で、ぬいぐるみメーカーでもあって、中にはキャラクターのライセンスを獲得して作っているものもあります。
ですから、スター・ウォーズの鎧飾り、兜飾りが生まれる前から、陶器というカテゴリーの雛人形や五月人形では既にスヌーピーやハローキティ、ディズニー、ミッフィーなどとのコラボレーションものは発売していたのです。
しかも、ハローキティとディズニーに関しては、陶器ではない高価格帯の雛人形も発売していた実績があるので、その流れからしてもスター・ウォーズと五月人形を組み合わせることに対するハードルは低かったのだと思います。
もちろん、スター・ウォーズ自体は初めて扱うキャラクターだったので、お客様の反応が予想できないという部分はありましたが、真っ向から反対する人間はいませんでしたし、むしろチャレンジしてもいいのではないかという空気でした」
そもそもスター・ウォーズ自体が日本の甲冑をヒントにしていた
ーー実際に制作するには、アメリカのルーカスフィルムからも許諾が必要になりますが、最初に先方に提案したとき、先方はどのような反応だったのでしょうか?
「現在の版権窓口はウォルト・ディズニーなんですが、当時は小学館プロダクション(現:小学館集英社プロダクション)が窓口だったので、まずは趣旨を説明しました。そして、その後は許諾に関する交渉を根気強くやってくださったんです。
そもそもダース・ベイダー自体が、そのデザインのヒントにしたのは日本の甲冑だったと言われています。そういう経緯もあるので、それをまた甲冑に戻してデザインするという部分にルーカスフィルムは興味をもったのではないかと思います。
ちょうど2007年がスター・ウォーズの公開30周年にあたる年でしたので、何かエポックメイキング的なものをという思いが両社にもあったのかもしれません。しかも、映画や監督の言葉にも日本の文化に対するリスペクトは常々に感じていましたので、きっとうまくいってくれるだろうと期待しながら、細かい交渉はお任せしていました」
鎧飾りをアレンジしただけでは完全なオリジナル商品としては弱かった
ーー吉德スター・ウォーズシリーズは、2006年の夏に企画が立案され、2007年2月の東京インターナショナルギフトショーで、まず兜飾りと鎧飾りが初公開されました。ここまでの流れを具体的に教えていただけますでしょうか。
「最初は、既に吉德が作っている鎧飾りをアレンジすればいいのではないかと考え、さまざまなアイテムをコラージュしたようなプロトタイプを作ったんです。
ただ、それだとやはり完全なオリジナル商品としては弱い印象があった。それならばデザインを一から見直そうということになり、秋頃に著名なフィギュア造形作家である竹谷隆之さんを紹介していただいたんです。
その後、竹谷さんにいくつかデザインを提案していただき、そこから選んだものを3D化して型に落として、どうにか形になったのは年明けくらいでした。
実は、五月人形として発売するには、夏にこの話が出た時点で制作サイドに全ての根回しが終わっていないと難しかったんです。
ところが、秋にデザインを変更したこともあって、もう2007年の5月5日には間に合わなくなってしまった。ですから、とにかく発表は2月のギフトショーでして、発売はスター・ウォーズ公開30周年の2007年の間のどこかで行おうと方針転換したんです。
節句の人形として発売するというよりも、スター・ウォーズのファンに向けて吉德が提案する鎧飾り、兜飾りとして発売しようということになりました。それでも五月人形として欲しいという方は、次の年に購入していただけると思いましたので」
一番こだわったのは、やはり顔に当たる面頬(めんぽう)という部分
ーー吉德ダース・ベイダーシリーズのデザインは映画のものとは異なっています。その際にこだわった部分について教えていただけますでしょうか。
「一番こだわったのは、やはり顔に当たる面頬(めんぽう)という部分です。映画版のダース・ベイダーは、全体的に直線で構成されたようなデザインになっているのですが、竹谷さんが提案してくださったものは、もっと曲線的でうねりを多用したようなデザインになっていました。
人間の皺というか、どちらかというと有機的なものが感じられるデザインになっていたんです。それはいわゆるダース・ベイダーの顔そのものとは違うんですが、やはりダース・ベイダーであることに変わりはありませんし、鎧の面頬としてデザインし直した場合のオリジナリティが出たのではないかと思います。
それと、兜の額部分につけられている前立も帝国軍のシンボルマークを家紋風にアレンジしていますし、弓と太刀もライトセーバーを彷彿させるようなデザインにしてほしいということを職人さんにはお願いしました。
そして、屏風に関しては、『エピソード3』の中に登場するダース・ベイダーのいわゆるあの姿になるきっかけとなった惑星ムスタファーの風景。それを描いているんです。ですから、この4点には吉德のオリジナリティを表現することができたと思っています」
吉德が作るからには玩具としてのフィギュアではなく、
鎧らしさ、兜らしさを
ーーそのオリジナリティを感じるデザインに対して、スター・ウォーズファンはもちろんのこと、そうではない方々からも高い評価が得られたそうですね。
「そうですね。ダース・ベイダーのマスクをそのまま同じデザインで面頬にはめ込んでいたら、このような評価は得られなかったと思います。
先ほども申しましたが、そもそもダース・ベイダーの一部のデザインは日本の甲冑をヒントになされていて、それが、また日本に戻っていく。その際に全くかわらないということではなく、アレンジをほどこしながらしっくりくるものにしたということで、そういう評価をいただいたのだと思います。
この評価は、竹谷さんをはじめとして、吉德ダース・ベイダーシリーズに携わった人全てにとって喜ばしいことだったと思います」
ーーオリジナリティのある商品が完成したことに関しては、やはり竹谷さんのお力が大きかったとお考えですか?
「大きかったと思います。竹谷さんに加わっていただいたことで、デザインに対する考え方がガラッと変わりましたから。
それに吉德が作るからには、玩具としてのフィギュアではなく、伝統的な鎧らしさ、兜らしさを残したかったのですが、そのバランスも考慮してくださったのではないかと思います」
発表後の反響が大きく、
まさに嵐のような日々だった記憶があります(笑)
ーー2007年2月にギフトショーで発表したあとの反響はいかがでしたか?
「ありがたいことに雑誌や新聞はもちろん、ラジオ、テレビ、webなど、あらゆる媒体から数えきれないほどの取材依頼がありました。
私自身、ある程度話題になるだろうとは予想していたのですが、まさかここまで反響が大きいとは考えておらず、まさに嵐のような日々だった記憶があります(笑)。
お客様からも多数お問い合わせをいただいたのですが、その中には一度限りの限定生産だと勘違いされている方が多かった。ですから、受注生産ではあるものの、今後引き続き販売していくものだというご説明をさせていただきました」
ーー実際に購入なさった方の割合は、ご自身のために購入されるスター・ウォーズファンの方が多かったのでしょうか?
「完全に把握できていないのですが、最初に発売したのが端午の節句を過ぎた6月でしたので、そのときは、いわゆるスター・ウォーズファンと言われる世代の方からの注文が多かったと思います。
ただ、やはり五月人形の季節になりますと、当初想定していた30代のお父さん世代はもちろん、スポンサーになる、その上の祖父、祖母世代からの注文もいただくようになりました。
スター・ウォーズも、もうアメリカで公開されてから40年になりますので、当時大学生だった方や、お子さんを連れて映画をご覧になったという70代のファンの方がいても不思議ではない。そういう意味でも本当に幅広い世代からご注文いただいていると思います」
このキャラクターで雛人形を……というお話はたくさんいただいています
ーー吉德ダース・ベイダーシリーズの鎧と兜を発表されてから約9年が経過したわけですが、今後も新たな商品などは考えられているのでしょうか?
「吉德では、以前から制作していたスヌーピーやハローキティとの組み合わせはもちろん、例えば不二家のペコちゃんなども継続的に制作しています。
また、一般向けに商品化するということではなく、販促物として、このキャラクターで雛人形を作って欲しいというようなお話もたくさんいただいています。
吉德は、そういう部分ではあまりハードルは高くないんですよ(笑)。そういった要望には今後もできるだけ応えさせていただきたいと考えています」