吉徳これくしょん vol.33
舞台で用いられる人形で、第一に思い浮かぶのは「文楽人形」でしょう。人間を模倣したモノであるはずの人形が、時に人間をしのぐほどのこまやかな感情を表現して観客に強く訴えかけるのは、遣い手たちの修練の賜物であることはもちろんですが、やはり人形の持つ不思議なちからに起因するところが大きいのではないでしょうか。
そうした人形のちからはまた、人間が演じる芝居のなかにも採り入れられてきました。人間があえて人形のように振舞う「人形振り」はそのよい例であり、これは人形でなくては表現できない部分があると考えた結果でしょう。人形振りは人間が人形を演じる場合ですが、一方で人形が人間の代わりをつとめることもあります。
歌舞伎では、しばしば赤ちゃんのお守りをする娘などが登場しますが、ドラマの収録とは違って、いつも観客を前にした本番ですから、子役(赤ちゃん役)ではいつ泣き出さないとも限りません。そこで、赤ちゃんの姿の人形を代役とするのです。
この人形、一見したところごく普通の市松人形のようですが、実は全身を縮緬貼り仕上げとしています。舞台はさまざまな角度から強い照明が向けられます。その光を受けてハレーションを起こさないための工夫であり、また、抱いたり、寝かしたりと扱う際にカチンと冷たい音を出さないためでもあるのです。赤ちゃんが登場する芝居をご覧の際には、ぜひ人形にも注目してみて下さい。