吉徳これくしょん vol.12
市松人形は、女の子たちの遊び相手として長い歴史を持つ、代表的な愛玩用の人形です。その名は、江戸時代中期の人気俳優・佐野川 市松の似顔人形が発売されて評判を呼んだことに由来するといわれます。京阪では、これをつづめて「いちまさん」の愛称で普及し、また江戸では、単に「人形」といえばこの種のものを指していました。
製品は粗製から極上製まで幅広く、上製には笛入り、三ッ折(腰・膝・足の関節を曲げられるもの)、また御所人形頭のものや似顔を誂えたものまであり、素材も木彫、桐塑、張子とさまざまでした。現在の市松人形の多くは、正装を着付けた飾り人形となってしまいましたが、むかしは裸のままの人形を求め、各家庭で衣裳を手縫いすることもありました。女の子にとっては、良き教材でもあったことでしょう。
「やまと人形」の名は、昭和2年の日米親善人形使節の交換に代表されるように、市松人形を国際的な贈答に用いる例が多くなったことから、使節にふさわしい名称として、昭和8年、日本人形研究会(主催・十世 山田 徳兵衛)が提唱、当時の業界がこれに賛同して制定されました。また、そうした社会的な出来事をステップに、従来玩具の領域を出なかった人形が美術工芸として世に認知され、工人の意識も高まり、これが今日の人形芸術を開化させる土壌となったのでした。
本品は、のちに人形界最初の人間国宝となった平田 郷陽(二代)の若年期の傑作です。卓越した写生の技法と深い精神性の一致は、まさに人形美の頂点といえましょう。